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浦和家庭裁判所 昭和52年(家)780号 審判

申立人 林洋子 外五名

相手方 林みつ江 外二名

主文

申立人らの本件申立を却下する。

理由

一  本件申立の趣旨

1  相手方らは申立人林洋子に対し、事件本人の負債分担金として金三三七万一、九四二円を支払え。

2  相手方らは申立人林洋子に対し、事件本人の扶養料(生活費・医療費・看護費)の分担金として金五二八万二、六〇八円を支払え。

3  相手方らは申立人井口秋子に対し、事件本人の付添看護費の分担金として金一六九万八、五〇五円を支払え。

4  相手方らは申立人井口秋子に対し、事件本人の看護のため、同申立人が教職を放棄したことに伴う損害の分担金として金一、八三二万九、五六八円を支払え。

二  本件申立の実情

(1)  身分関係

申立人林洋子、同三川吉子、同林和、同林誠ならびに相手方林みつ江の夫林清の父であつた事件本人は昭和四七年八月二八日申立人林洋子の許で死亡したものであり、また相手方林みつ江の夫であると共にその余の相手方らの父でもあつた前記林清(昭和三年九月一一日生)も昭和四八年二月二七日死亡した。

申立人井口秋子は昭和四一年一〇月三一日申立人林洋子を養母として養子縁組しその時から事件本人と生活を共にし、昭和四七年六月二五日申立人井口国夫と婚姻した後も夫を加え同様に事件本人との同居生活を事件本人が死亡するまで続けてきた。

(2)  負債分担金の請求

申立人林洋子は旧陸軍の高級将校であつた事件本人が戦後公職追放を受け、一時期軍人恩給の支払が停止され、名古屋市役所に臨時職員として勤務していたに過ぎなかつたため、教員として働き、事件本人の家計を助け、申立人三川吉子、同林和、同林識の養育に当り、そのため結婚の機会をも失してしまつたものである。

申立人林洋子は教員として働き、昭和二三年から昭和三八年にかけて別紙一「事件本人の負債計算表」の申立人洋子の年収部分記載のとおりの年収をえ、これをすべて事件本人を中心とした同表の家族員数部分記載の家族員の生活に当てるため使用してきたところ、同表の申立人洋子の年間実質生計費を超える部分は本来事件本人において負担すべきものであつたから、同表の事件本人の負債となる年額部分記載の金員は事件本人の申立人林洋子に対する負債でありその相続人である申立人林洋子、同三川吉子、同林和、同林誠、亡林清の相続人である相手方らにおいてその相続分に応じて承継すべきものである。

そして、この事件本人の前記負債に対し、昭和四七年から遡つて年六パーセントの複利計算をするのが相当であり、その額は前記同表の事件本人の負債に対し、昭和四七年から遡つて年六パーセントの複利を付した額記載のとおり七四五万七、七四一円となるが、これにはさらに昭和三九年から昭和五二年までの年六パーセントの複利計算をするのが相当であり、これを前記相続人らにおいて相続分に応じて承継すると、相手方らの承継するのは三三七万一、九四二円となる。

よつて、申立人洋子は相手方らから前記三三七万一、九四二円の支払を求める。

(3)  扶養料分担金の請求

事件本人は昭和四一年三月三一日名古屋市役所を退職し、無職状態となり、それから間もなくして前立腺肥大、高血圧症などで倒れたこともあり、昭和四一年から扶養を要する状態となり、その状態が死亡するまで続いていたのであつて、その範囲は生活費・医療費・看護費におよんでいた。

そして、その間の事件本人に対する一切の扶養は現実には事件本人と同居をしていた申立人林洋子が中心となり、同様に同居していた申立人井口国夫、同井口秋子の援助を受けて行つていたが、その間において事件本人の実子であつた申立人三川吉子、同林和、同林誠、相手方林みつ江の夫亡林清はいずれも事件本人を扶養することが可能な状態にあつた。

そこで、申立人林洋子は昭和四一年一〇月九日申立人林和の結婚式が名古屋市内で行われた際、出席した前記扶養可能な状態にあつた事件本人の実子らとその扶養について協議したが、結論をだすまでにはいたらなかつた。

それでも扶養可能状懲にあつた前記実子らは申立人林洋子と共に事件本人の扶養を分担すべきであるところ、その分担割合は各人の年間所得、年間生活費を考慮して計算すると、別紙二「事件本人に対する扶養料分担金表」記載のとおりとなり、これに昭和五二年を時点として年六パーセントの複利を付すると相手方らの支払うべき亡林清分は五二八万二、六〇八円となる。

よつて、申立人林洋子は相手方らに対し、立て替えた扶養料の分担金として五二八万二、六〇八円の支払を求める。

(4)  付添看護費分担金の請求

事件本人の病状は昭和四六年四月一日から悪化し、それから死亡するにいたるまで付添看護すべき状況が続いていたため、事件本人と同居していた申立人井口秋子において、その間の付添看護に当つていた。

この付添看護は本来事件本人の実子である別紙三「申立人秋子に支払うべき付添看護費分担金表」記載の負担者部分記載の実子において分担負担すべきものであるが、それに代つて申立人井口秋子が行つたことになるので、同申立人に支払うべき付添看護費は扶養義務の履行として前記負担者らにおいて分担負担すべきである。

そして、その分担負担の割合は前記負担者らの所得、家族数、標準生活費を考慮すると、前記同表の負担率部分記載のとおりとするのが相当であり、付添看護費を一日四、五〇〇円として計算し、これに昭和五二年を時点として年六パーセントの複利を付すると、相手方らの支払うべき亡林清分は一六九万八、五〇五円となる。

よつて、申立人井口秋子は相手方らに対し、付添看護費分担金として一六九万八、五〇五円の支払を求める。

(5)  教職放棄による損害分担金の請求

申立人井口秋子は昭和四六年四月一日から名古屋市内の教員をしていたが、事件本人の病状が悪化し、昭和四六年一二月ころからほとんど寝たきりの状態となり、付添看護を常時要する状況となつたため、昭和四七年三月末で退職し、それからは事件本人が死亡するまで、その食事の世話、外出時の車椅子による介助、手紙の代筆などの身の廻り一切の世話に当つてきた。

しかし、申立人井口秋子のなした前記一切の世話は事件本人に対する扶養義務の履行として本来はその実子である別紙四「申立人秋子の教職放棄による損害分担表」の(4)の損害分担額部分の分担者においてなすべきものであるのに、その分担者らにおいてこれを行なわなかつたため、やむなく教職を放棄したうえ前記分担者らに代つてなしたものである。

したがつて、前記分担者らは申立人井口秋子が教職をやむなく放棄したことによつて受けた損害を賠償すべきであるところ、その損害の内容は前記同表記載のとおりであり、前記別紙三と同一の基準によりその分担割合を定めると、相手方らの支払うべき亡林清分は一、八三二万九、五六八円となる。

よつて、申立人井口秋子は相手方らに対し、教職放棄による損害分担金として一、八三二万九、五六八円の支払を求める。

(6)  結論

申立人らは前記のとおりの審判を求めるため、本件申立におよんだ。

三  当裁判所の判断

(1)  本件申立の基礎

本件記録と昭和五二年(家)四七五号祭祀承継者指定申立事件の記録によると、申立人らが本件申立の実情として「身分関係」部分で主張するとおりのこと、申立人三川吉子は昭和三二年四月二四日、相手方林みつ江の夫亡林清は昭和三三年五月三〇日、申立人林和は昭和四一年一〇月二〇日それぞれ婚姻して独立した生活をはじめたこと、申立人林洋子は昭和二〇年後はずつと事件本人と同居し、二人の収入を中心として家計のやりくりに当り、弟妹の養育にも当つていたこと、そのため申立人林洋子は事件本人の信頼をえていたが、事件本人としてはこのまま申立人林洋子の世話になつていたのでは同申立人が自分のために婚期を失してしまうのではないかと心配し、同申立人らに対し、これ以上同申立人の世話になることはできず、事実上の長男である亡林清の世話になりたいと常々訴えていたこと、しかし、亡林清から事件本人を引取るという申出があつたことはなく、申立人林洋子としても「事件本人と一緒に暮してよい」と話していたので、事件本人が死亡するまでその世話をしていたこと、事件本人は昭和四一年三月三一日名古屋市役所を退職し、昭和四二年六月ころから前立腺肥大、高血圧症などの病気となり、昭和四六年五月ころからは常時看護を要する状態となつたので、申立人林洋子と同井口秋子が教員をしながらその看護に当り、昭和四七年三月下旬からは教員を退職した申立人井口秋子において専らその看護に当つていたこと、申立人林洋子が事件本人と同居中その余の事件本人の実子において事件本人のための扶養料を負担したことはなく、そのすべてを同申立人が中心となつて負担していたことをそれぞれ認めることができる。

(2)  負債分担金の請求について

申立人らによる負債分担金の請求はその余の本件請求と異りその債務者は事件本人であり、その死亡に伴い、その相続人において債務の相続をなしたことを前提とし、その相続分に応じて分割された額を相手方らにおいて亡林清の相続人として支払うべきであるとしている。

しかし、その主張によつても事件本人の負担した債務の内容は明確ではなく消費貸借、事務管理、不当利得などのうちどれに該当するものであるかを確定することはできないが、いずれにしても家事審判法九条ないし他の法律において特に家庭裁判所の権限に属させた事項に該当しないものであることだけは明らかであり、通常の民事訴訟として解決すべき事項であると思料される。

よつて、申立人らによる本件の負債分担金の請求はその前提を欠く申立であるから、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(3)  扶養料分担金の請求について

本件扶養料分担金の請求については本件申立前に扶養権利者である事件本人も扶養義務者の一人である亡林清も死亡しており、亡林清の相続人である相手方らにおいて扶養債務を相続していることを前提としているが、本件申立以前に亡林清を含めた当事者間の協議ないしは調停、審判によつてその扶養義務の内容が具体的に形成されていなかつたことは本件記録上明らかであり、むしろ申立人らとしては前記のような方法により具体的に形成されていない扶養債務も相続性を有することを前提としている。

しかし、前記のような方法により具体的に形成され、その内容が確定する状態に達するまでにいたつていない扶養債務は一身専属の抽象的な義務であつてそれは純然たる過去のものであつても具体的な金銭債務と化していないと解するのが相当で、相続の対象とはならないと解するのが相当である。

そうすると、申立人らによる本件の扶養分担金の請求はその前提を欠く申立であるから、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(4)  付添看護費、教職放棄による損害各分担金の請求について

前記(3)の扶養料分担金の請求には事件本人の生活費のほかに医療費、看護費が含まれていることはその主張自体から明らかであるところ、さらに申立人井口秋子が事件本人の付添看護をなし、そのために教職を放棄せざるをえなかつたとして、その付添看護費ばかりでなく教職放棄に伴う損害の各分担金まで請求している。

そして、この請求の内容はその主張自体によつては法律的に明確ではなく、確定することができないが、それが事件本人に対する扶養義務の履行としてのもので、相手方らに対して扶養義務の履行を求めるものであれば、前記(3)で判断したのと同一の理由により、この扶養債務は一身専属の性質を有し、相続性を有しないものであり、また、それ以外の事務管理、不当利得、不法行為などに基づく民法上の債務の履行を求めるものであるならば、前記(2)で判断したのと同様で家事審判事項に該当せず、通常の民事訴訟によつて解決すべき事項である。

そうすると、申立人らによる本件の付添看護費、教職放棄による損害各分担金の請求はいずれにしてもその前提を欠く申立であるから、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(5)  結論

してみると、申立人らによる本件各申立は前記判断のとおりであつて、申立人らの申立適格の有無、申立人ら主張の実質的内容などについて判断するまでもなく、いずれにしても理由がないから、これらを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 中山博泰)

別紙〈省略〉

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